大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)4457号 判決 1984年6月29日
原告
山本栄一
右訴訟代理人弁護士
西本徹
被告
大阪トヨタフォークリフト株式会社
右代表者代表取締役
横山真治郎
右訴訟代理人弁護士
吉田朝彦
右当事者間の頭書各請求事件について、当裁判所は、昭和五九年二月一五日終結した口頭弁論に基づき、次のとおり判決する。
主文
一 被告は原告に対し、金五九万円とこれに対する昭和五八年四月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の各請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを五〇分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
一 申立
1 原告
(昭和五六年(ワ)第四四五七号事件)
(一) 原告と被告との間において、被告が昭和五五年二月二九日に為した解雇は無効であることを確認する。
(二) 被告は原告に対し、金二〇〇〇万円を支払え。
(三) 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決、並びに、右(二)につき仮執行の宣言。
(昭和五八年(ワ)第二〇五八号事件)
(一) 被告は原告に対し、金一五六八万円とこれに対する本訴状送達の翌日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決、並びに、仮執行の宣言。
2 被告
(昭和五六年(ワ)第四四五七号、昭和五八年(ワ)第二〇五八号各事件)
(一) 原告の請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
二 主張
(昭和五六年(ワ)第四四五七号事件)
1 原告の請求原因
(一)(雇用契約)
原告と被告は、昭和四二年三月、原告が賃金月額一〇万円で被告のトラック運転手として勤務する旨の雇用契約を結んだ。
その後、右雇用契約については、同年八月、賃金を稼働実績に従った歩合給に変更したが、その余の点では変更はなかった。
なお、原告が社会保険料を源泉徴収されていなかったことは、右契約の成否に何ら消長を来たすものではない。
(二)(労働実態)
原告は、被告の作成する就業規則類似の規則によって拘束され、その内容には、出勤時間、服務規律等の定めがあり、かつ、原告の労働もすべて被告の指示によっており被告から指示された仕事以外はしておらず、車体マークも被告の名を用い、その他服装も含めあらゆる面で被告の従業員としてふるまうよう指示されており、被告社内では準社員と呼ばれる等の点からすれば、被告・原告の間には、原告の右トラック運転の労働について、支配・従属の関係があった。
(三)(解雇の無効)
然るところ、被告は、昭和五五年二月二九日、原告に対し、解雇の意思表示をした。
しかし、右解雇には何ら正当な理由がなく、従って、権利の濫用であるから無効である。
(四)(損害等)
原告は、右解雇以降も被告に対し労務の提供をしているが、被告は、その受領を拒絶している。
原告は、右解雇前一〇年間の右歩合給として、被告から、年当たり金一一八九万二〇〇〇円(年間取扱実績額平均金一七八三万七〇〇〇円、うち三分の一を経費として控除して控え目に算出した額)の支給を受けていた。
被告の右解雇とその後の右就労の拒絶がなければ原告は少なくとも今後一〇年はトラック運転手として稼働して年間右所定賃金相当額の収入を得られた。
従って、原告は被告に対し、右解雇以降一〇年分の右収入に相当する右所定賃金請求権乃至右所定賃金相当額の損害賠償金請求権を有する。
(五)(本件請求)
よって、原告は被告に対し、右解雇の無効確認と、右一〇年間の賃金乃至これに相当する損害賠償金の内金として、金二〇〇〇万円の支払を求める。
(六) なお、右請求原因に対する後記被告の主張は争う。
2 請求原因に対する被告の認否及び主張
(一)(認否)
請求原因(一)(雇用契約)は否認する。原告と被告との契約は請負契約であって、この間に雇用契約は存しない。
請求原因(二)(労働実態)は争う。
請求原因(三)(解雇無効)は否認する。被告は原告との間の継続的請負契約を解約したにすぎず、解雇はそもそも存しない。
請求原因(四)(損害等)は争う。原告に右契約解除による損害は生じていない。
(二)(主張)
(1) 被告と原告との契約関係について
被告は昭和四二年春頃から原告と継続的な請負契約を結んでいたもので、その内容は原告が被告の本店から買主の工場までフォークリフトを運送しその運送量及び距離に応じて被告が報酬を支払うというもので、これは雇用契約ではない。
このことは、次の<1>乃至<3>の点からも明らかである。
<1> 被告が原告に対し月々の支払金は、賃金ではなく、原告の出来高に応じた報酬であって、それ故に賃金と比べて高額の支払を受けていたのであり、最低・最高額の定めはなく、所得税・社会保険料の源泉徴収もしていなかった。原告は、事業者として、独自に所得の確定申告をしていた。
<2> 原告は、右運送の仕事を行なうについては、自己の所有トラック二台をもって、かつ、訴外石本菊男を雇用して、行なっていた。
<3> 被告の就業規則では従業員の定年は五五歳であって、原告との契約が雇用契約であれば当時六四歳になった原告はとっくに定年退職していた筈である。
(2) 右契約解約のやむをえない事由について
被告は、昭和五四年九月、原告に対し、右継続的な請負契約を将来に向かって解約を申し入れた。
右解約は、原告が当時六四歳と高齢であって、平均約二トンの重量物であるフォークリフトの荷下し作業の重労働を含む右運送業務を行なうのは甚だ危険であったことから為されたもので、正当な理由があった。
そして、被告は、原告に対しもっと軽い業務への転換を種々斡旋したが、原告がこれに応じない為、いつまでも危険な業務を原告に請負わせるわけにもゆかず、被告は、やむをえず昭和五五年三月一日からは原告への発注を打切ったもので、これは、何ら権利の濫用となるものではない。
(3) 原告の損害の不存在について
原告は、右解約の後も、他の運送業務を行ない収入を上げられる状態であったのに、これをしなかったのは、稼働の意思がなかったものであり、従って、右解約により、何ら損害も受けていない。
(三) よって、被告は、原告の本件請求には応じられない。
(昭和五八年(ワ)第二〇五八号事件)
1 原告の請求原因
(一)(被告の不法行為)
(1) 原告は、日野製普通貨物自動車(型式KL三四〇、車体番号KL三四〇―三七〇八一、廃車前の車両番号大阪一一す八六五)(以下適宜、本件車両という)を所有している。
(2) 被告は、昭和五七年二月八日、本件車両を、原告が保管を依頼していた訴外日興運輸株式会社(兵庫県尼崎市西向島町九八番地)から無断で搬出し、以降昭和五八年三月八日まで被告の占有下に被告茨木営業所で保管し、原告の使用を妨害した。
被告は、昭和五七年四月一日、本件車両について、原告に無断で、その登録抹消の手続をした。
(二)(原告の損害)
右被告の不法行為により原告は次の(1)乃至(3)の損害を被った。
(1) 車両使用妨害による損害 金七八〇万円
被告の右本件車両搬出行為により、原告はその利用が不能となっていたが、本件車両と同等設備の車両を借りるとすれば一カ月当たり金六〇万円を要する。
従って、右本件車両使用できなかったことによる原告の損害は、昭和五七年二月八日から昭和五八年三月八日までの一三月分として金七八〇万円となる。
(2) 車両破損による損害 金六八万円
被告は本件車両保管中これをいわゆる雨ざらしの状態で放置し、何らの管理もしなかった。この為、本件車両のエンジンに亀裂が生じ、取替えざるを得なくなり、その他にも破損個所が生じ、これらの修理・部品交換するには金六八万円の費用を必要とし、原告は、右修理費用額相当の損害を受けた。
(3) 車両登録抹消手続による損害 金七二〇万円
本件車両は、従前積載重量三・八五〇トンで認可されていたが、右登録抹消された為、新たに登録するとしても、本件車両が重機積載特殊機構搭載している関係上、右機構分の重量を差引いた約二トンの積載重量でしか認可されない。
右積載重量減により、原告は、本件車両を稼働させても、一カ月金三〇万円の収益減の損害を被る。
右損害は、本件車両の残りの耐用期間中継続するものであるが、そのうち二年分金七二〇万円を請求する。
(三)(本件請求)
よって、原告は被告に対し、被告の右不法行為による右各損害の合計金一五六八万円とこれに対する本訴状送達の翌日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金との支払を求める。
(四) なお、右請求原因に対する後記被告の主張については争う。
被告には本件車両の占有正権原はなく、緊急避難の要件もなく、被告の本件車両搬出・保管行為は違法であって、被告は自己の費用でこれを搬出場所又は原告指定場所に復する義務があり、右返還までの間の原告に生じた前記損害を賠償する責任がある。
また、被告が本件車両を売約したのは、昭和五八年三月末頃であり、余りに本件車両の損傷がひどかったからである。財団法人日本自動車査定協会の査定は、交換価値を正確に反映したものではない。
2 請求原因に対する被告の認否及び主張
(一)(認否)
請求原因(一)(被告の不法行為)の(1)(本件車両の原告所有)の事実、及び、同(2)のうち、被告が本件車両を被告茨木営業所で保管し、昭和五七年四月一日その登録抹消手続をしたとの事実、は認める。
請求原因(二)(原告の損害)は争う。
(二)(主張)
(1) 被告の行為の正当性について
<1>(本件車両の占有)
被告は、当時本件車両の登録名義人であって自動車損害賠償法二条三項所定の自動車保有者であったから、本件車両の保管の権限と義務を有していた。
また、被告は、当時本件車両の登録名義人として、もし原告が本件車両を運行して事故を起こしでもすれば、直ちにその損害賠償責任を負わされる虞れが大であったから、その予防の為にも、本件車両を自己の占有下に置いて保管する必要があった。現に、原告は、本件車両を、車検切れ後の昭和五六年一一月二五日に、大阪市福島区から兵庫県尼崎市まで運行している。
従って、被告が本件車両を自己の占有下に置き保管したことは、形式的にも実質的にも全く正当な行為である。
<2>(本件車両の登録抹消)
被告は、本件車両の車検切れ後も登録名義人として自動車税(年一万八〇〇〇円)を立替払していたが、所有者である原告は、被告が催告してもその償還をしなかった。
また、本件車両は、昭和四七年製で所得税法上の耐用年数五年をはるかに超えて使用されており、費用を投じて車検を受けるだけの価値がなかったし、原告自身も車検を受けずに放置していた。
しかも、本件車両を被告名義のまま原告に返還すると本件車両で事故を起こした場合の損害賠償責任を被告が負う虞れも大であった。
従って、被告が本件車両の登録抹消したことには何ら違法性はない。
<3>(本件車両の保管状態)
本件車両等トラックの保管は無蓋の場所でするのが通常であり、被告は原告が保管していた時と同じように保管していたもので、その保管方法に問題はないし、被告はそもそも原告に対し本件車両の保管義務を負うものでもない。
従って、被告の本件車両の保管の仕方の問題で原告に対する責任を生ずることはない。
(2) 原告に損害がないことについて
<1>(車検切れで運行不能)
本件車両は、昭和五五年八月二七日限りで車検の有効期間が切れたが、原告はその後も継続検査を受けられたのにこれを受けずに放置しており、本件車両は右車検切れで運行できない状態であったから、これを被告が保管したからといって、所有者である原告に本件車両を使用できないことによる損害が生ずる余地はない。
<2>(本件車両の無価値)
本件車両が、昭和四七年製で所得税法上の耐用年数五年を超過しており、被告が保管した当時は殆ど無価値(昭和五六年一一月一四日現在の評価額は金四万円相当)のものであった。
現に、原告は、昭和五五年六月に、昭和四九年製のもう一台のトラックを訴外石本菊男に暖簾代込で代金一〇〇万円で譲渡しており、また、本件車両は、その後訴外田中一博に金四万乃至五万円で譲渡しており、到底月額金六〇万円のリース料の稼げるトラックではない。
<3>(再登録時の積載許容重量)
本件車両は、積載許容重量の認定を受けた後に附属設備を附加したからその積載許容重量は三・八五〇トンから右附属設備を減量したものである筈であるが、継続検査では逐一車体重量を計測しない為、右附属設備附加前の積載許容重量で認可されているだけで、そもそも右認可は違法なのであって、新たに登録する際に検査を受ければ、右違法な認可が下りなくなるだけのことである。
従って、右積載許容重量の違法が通用しなくなることは、何ら正当な利益の侵害でもなく、法律上の損害でもない。
(三) よって、原告主張にかかる被告の行為は違法なものではなく、また、原告主張の損害も生じておらず或いは損害といえるものではなく、被告に何らの不法行為責任もないから、被告は、原告の本件請求には応じられない。
(昭和五六年(ワ)第四四五七号、昭和五八年(ワ)第二〇五八号両事件)
1 被告の仮定抗弁
(予備的相殺)
被告は、昭和五九年二月一五日の本件第二三回口頭弁論期日において、原告に対し、被告が原告に対し何らかの支払義務がある場合には、これを次記<1>、<2>の債権合計金二三万四〇〇〇円でもって対当額で相殺する旨の意思表示をし、右意思表示はその場で原告に到達した。
記
<1> 駐車場使用料立替払金 二一万六〇〇〇円
但し、原告が本件車両の駐車場として訴外大阪合同通運株式会社から賃借していた大阪市福島区鷺州上三丁目の駐車場の賃借料金のうち、昭和五五年七月一日から昭和五六年一二月末日までの分を被告が立替払した分である。
<2> 自動車税立替払金 一万八〇〇〇円
但し、本件車両登録抹消までの一年分の自動車税金一万八〇〇〇円を被告が原告に替わり支払った分である。
よって、仮に、原告が被告に対し何らかの債権があるとしても、右予備的相殺にかかる分は消滅した。
2 仮定抗弁に対する原告の認否
原告の主張に反する部分は争う。
三 証拠
証拠関係は、一件記録中の書証・証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
一 解雇による損害賠償乃至賃金請求(昭和五六年(ワ)第四四五七号事件請求)について
1 原告・被告間の契約関係について
(一) 当事者双方の主張をみると、いずれも、原告が昭和四二年頃から専ら被告の所で被告の顧客の下へ商品をトラック運送する仕事だけを継続して行なって月々の支給金を得ていたこと、被告が原告に対し右契約関係を解約する意思表示をし、昭和五五年三月一日以降原告に右トラック運送の仕事をさせていないこと、以上の事実を前提としてそれぞれ主張しているので、以下、右事実を当事者間に争いがないものと看做することとする。
(二) そこで、原告は、右契約関係を雇用契約であり右解約を解雇である、と主張し、被告は、これを継続的な専属下請契約であり、単なる右契約の将来へ向かっての解約告知に過ぎない、との旨主張するので、この点を検討する。
(1)(認定事実)
原告本人尋問の結果、証人木戸茂政(被告取締役サービス部長)、証人尾本禎男(当時の被告取締役総務部長)の各証言、成立に争いがない甲第六号証の二乃至五の各一、二、同号証の六乃至一二、同七号証の四乃至二三の各二、乙第一号証の一乃至二一(以上被告の原告に対する月々の支給金の計算書、明細書、受取書等)、甲第八号証の一乃至一三(原告の訴外石本菊男に対する給与支払明細書等)、同第九号証の一乃至一二(ガソリン代の領収書)、同第一二号証(社内外註(下請)業者業務細則)、及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。
<1> 原告の被告における右トラック運送の仕事は、すべて被告から配送先・運送物件を指示されてそのとおりに行なっていたこと。そして、原告は被告の所に出社した際には、タイムカードを押していたこと。
<2> 原告は被告においては準社員という名称で呼ばれており、原告が右運送に用いたトラックには車体に被告の名称が記され、作業衣も被告から購入した被告の名称入りのものを用いていたこと。そして、被告は、原告ら準社員には原則的に被告以外の仕事をさせないこと、被告の名称入りトラック及び右所定の作業衣を使用させること、を方針としていて、これを準社員に守らせるようにしていたこと。
<3> 原告の被告からの月々の支給金は、右トラック運送した距離と運送物の機種に応じた出来高計算によるもので、最低額の保証も最高限度額の定めもなく、通常その額は、被告従業員の月給より相当に高い額であったが、外注の一回限りの運送請負の場合と比べるとかなり割引した額に相当したこと。そして、右月々の支給金からは通常給与の場合に為される形での税金等の源泉徴収は為されていなかったこと。なお、原告は、被告の準社員と呼ばれる一方山本自動車商会という独自の商号も使用しており、右被告からの支給金は、支払代金と呼ばれ、賃金に類する名では呼ばれていなかったこと。
<4> 原告は、自己の所有トラック二台を用い、そのガソリン代等の運送経費も自己で負担し、かつ、自己が給料を支払って雇用する訴外石本菊男を使用して、右被告の運送の仕事に従事していたこと。
<5> 原告ら被告の準社員に対しては、被告の就業規則は適用されず、従って、その所定の定年五五歳を越える原告が被告の仕事を継続し得たが、一方、右準社員には、被告作成の社内外註(下請)業者業務細則という名称の規則が適用されており、その中には服務心得・服務規律等従業員に対するものと同旨の規定も定められていたこと。
(2)(検討)
右(1)の各事実及び右(一)の事実によれば、被告が原告ら準社員と呼ばれていた者たちを、従業員とははっきり区別していながらも、出来るだけ原告の従業員と同様に扱い、特に、対外的には被告の社内の者であると見られるように、種々配慮していたことが認められ、かつ、原告が被告の仕事に従事する態様も、被告の配送指示に従って被告の仕事だけを継続して行なうものであり、右仕事に従事するにつきかなり細かい規定に縛られていたことが認められるから、原告の被告における右トラック運転の仕事は被告に従属する面が相当大きかった、といえる。
しかしながら、右(1)の各事実及び右(一)の事実によれば、他方では、右原告の仕事は、自己の所有トラックを使用し自己の雇用し給料を支払っている従業員を使い、独自の商号も使用し、経費等を自己負担のうえ、被告従業員の給料よりかなり高額の出来高制による支給金のみを受けていることが認められるのであって、これらの点からすれば、右被告への従属する面を考慮しても、右原告の仕事は、基本的には、自己の計算と責任で行なっている被告とは別個・独立の業務であるということができる。
そうであれば、右原告・被告間のトラック運送業務に関する契約関係は、雇用ではなく、請負である、というべきであり、これを将来に向けて消滅させる旨の被告の前記思意表示は、解雇ではなく、解約告知ということになる。
そして、仮に、原告が一時被告の従業員として勤務したことがあったにせよ、右運送業務に関する契約関係は、それとは明らかに内容を異にしており、別個の契約と見られるから、右勤務関係があったことにより、右結論が左右されるものではない。
(三) 右(二)の検討結果によれば、右原告・被告間のトラック運送業務に関する契約関係を雇用契約であるとしてこれを前提とする本件原告の請求(昭和五六年(ワ)第四四五七号事件請求)は、既に前提が欠けることになるから、これ以上の検討をするまでもなく失当である。
2 解約の違法性について
なお、本件原告の請求(昭和五六年(ワ)第四四五七号事件請求)は、右原告・被告間のトラック運送業務に関する契約関係の解約自体の違法性を主張してこれによる損害の賠償を求めるもの、と善解の余地もあるので、この点についても検討する。
(一) この点に関する事実として、証人木戸茂政、証人尾本禎男の各証言、弁論の全趣旨によれば、被告が原告との右契約の解約をした理由は、原告が当時六四歳の高齢に達していて重量物の荷下作業を含む右トラック運送業務に従事するには危険が大きかったからであり、そこに至るまでには、被告は原告に対し右事情を説明のうえメール便等のもっと軽易な仕事を斡旋したが原告がこれを断ったという経緯があったこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
(二) そして、本件では、右解約を権利の濫用等により違法・無効とするに足る事情の立証はなく、却って、右事実によれば、被告が原告との右契約を解約するについては、合理的な理由があり、信義則に従った手順を尽していると認められる。
(三) 従って、右解約自体の違法を前提とする損害賠償等の請求についても、これ以上の検討を要せず、成り立つ余地がないことになる。
3 右1、2の認定・検討によれば、原告の右解雇による損害賠償乃至賃金請求(昭和五六年(ワ)第四四五七号事件請求)は、その余の検討をするまでもなく理由がない。
二 本件車両の搬出・保管及び登録抹消による損害賠償請求(昭和五八年(ワ)第二〇五八号事件請求)について
1 被告による本件車両の搬出・保管及び登録抹消について
(一) この点については、本件車両が原告の所有であること(請求原因(一)(1))、被告が本件車両を被告茨木営業所で保管し、昭和五七年四月一日その登録抹消手続をしたこと(請求原因(一)(2)の一部)については、当事者間に争いがなく、証人木戸茂政、証人尾本禎男の各証言、原告本人尋問の結果、成立に争いがない甲第二〇号証の一(内容証明郵便)、弁論の全趣旨によれば、被告は、昭和五七年二月八日、本件車両を原告が預けていた兵庫県尼崎市にある日興運輸株式会社から搬出して被告茨木営業所に搬入し、以降同所で昭和五八年三月八日まで保管したこと、右搬出・保管及び登録抹消手続は、いずれも原告の同意を取らずに、原告の意思に反して為されたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
そうであれば、被告は、原告主張(請求原因(一))のとおり、原告所有管理にかかる本件車両を無断搬出のうえこれを一三カ月間自己の占有下に置き、その間に原告に無断で登録抹消手続をして廃車にした、ということになる。
(二) これに対し、被告は、被告が本件車両の登録名義人として本件車両の管理権限を有したこと、車検切れの本件車両運行による事故の防止と被告自身の賠償責任・税負担回避の必要上やむをえなかったこと、を挙げて、右搬出・占有・廃車に違法性がない、との旨主張(請求原因に対する被告の認否及び主張(二)(1)<1>、<2>)する。
しかしながら、本件車両の所有者が原告である以上、被告が登録名義人であったとしても、これにより当然に本件車両を管理する権限や所有者の意思に反して右搬出・占有・廃車の処置をする権限が生ずる訳ではなく、本件車両の名義人を被告とするにつき原告から何らかの授権があったことについての特段の主張立証もないから、単に、被告が本件車両の名義人であったことをもって、被告の右各処置が適法になるものではない。
また、本件車両による事故の場合に被告がその登録名義人であったとしても運行供用者として賠償責任を負う立場にあったか否かは本件主張立証上必ずしも明らかではなく、右賠償責任・税負担回避の為なら原告に名義書替する等他の方法も十分考えられるのにそれを試みた形跡はなく、その外、右搬出・占有・廃車の処置をしなければならない程差し迫った事情についての主張立証もないから、右賠償責任・税負担回避の必要性をもって、被告の右処置を正当化することはできない。
なお、原告本人尋問の結果、成立に争いがない乙第五号証(本件車両の抹消登録証明書)、弁論の全趣旨によれば、本件車両の車検は昭和五五年八月二八日限りで無効となったところ、原告は右車検切れの後である昭和五六年一一月二五日本件車両を大阪市福島区の被告関係の保管場所から兵庫県尼崎市の原告の依頼した保管場所まで自ら運転して運行した事実が認められるが、それ以上に日常的に運行していた事情の主張立証はないから、これをもって右差し迫った事情とまではいえない。
そうであれば、右搬出・占有・廃車の処置の適法性に関する被告の右主張は採用できない。
(三) 従って、被告による本件車両の右搬出・占有・廃車の処置は原告の本件車両の所有権を違法に侵害した故意による不法行為というべきである。
2 原告の損害について
(一)(本件車両の利用不能の損害)
被告が本件車両を搬出し自己の占有下に置いたのは右1(一)の認定のとおりであり、これにより原告はその間本件車両を利用できなかったといえる。
しかしながら、原告本人尋問の結果、前記乙第五号証、弁論の全趣旨によれば、本件車両は昭和五五年八月二八日限りで車検切れになっており、原告はその後も本件車両の車両検査を受けることを予定していなかったこと、当時原告自身も当分は休業するつもりでいて、被告が本件車両を保管していた前記期間については本件車両を利用して営業する予定はなかったこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
そうであれば、被告が前記期間本件車両を占有したことにより原告が本件車両を利用できなかったからといって、原告自身本件車両を使用する予定もなく、かつ、車検切れのままにしておいて使用することもできなかったから、右利用不能による原告の具体的な損害は生じていない、というべきである。
(二)(本件車両破損による損害)
(1) 原告本人尋問の結果及びこれにより成立を認める乙第二四号証(本件車両の修理見積書)、並びに弁論の全趣旨によれば、本件車両は被告がその茨木営業所に保管中にエンジンの水抜きしないままであった為冬期に凍結によりパイプが破損する等してエンジン部分一式の取替を要する損傷があった外、整備を要する個所が生じ、これらを修復するには金六八万円の修理費用が必要であること、以上の事実が認められる。
右事実及び右1(一)の認定事実によれば、原告は被告の右本件車両搬出・保管の不法行為により、右修理費用相当額の損害を受けた、というべきである。
(2) これに対し、被告は、本件車両は耐用年数が過ぎていて数万円の価値しかないもので右価値以上の損害が生ずる筈もなく、また、本件車両の保管は通常どおりしていたし、原告に対して本件車両を保管する義務もないから、たとえ、本件車両保管中に何らかの損傷が生じたとしても被告に責任はない、との旨主張する。
しかしながら、本件車両の価値に関しては、前記一の認定事実によれば本件車両は原告が昭和五五年二月末まで現に営業に使用していたトラックであるとみられ、また、前記二1(二)の認定事実によれば本件車両は昭和五六年一一月二五日にも法的にはともかく現実の運行はできたのであるから、被告が本件車両を搬出した時点では車検切れとなった以外は本件車両の機能に特別の変化はなかった、と推認され、そうであれば、本件車両が当時無価値のものであったとはいえない。
なお、所得税法上の耐用年数は必ずしも現実の耐用年数と一致するものではなく、証人木戸茂政の証言により成立を認める乙第四号証(査定書)記載の換金評価額も車検切れの車両としてのもので現実の使用価値とは別のものであり、また、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告が近時本件車両を第三者に金四乃至五万円で売却の予約をしたが、それは、本件車両が右損傷し廃車となった状態での価額であることが認められるから、これらの点をもって右推認を覆すことはできない。
また、被告の責任に関しては、本件車両の右損傷は右のとおり被告の違法な搬出・保管中に生じたものであるから、右搬出・保管行為と相当因果関係のある損害というべきであって、被告の保管態様を検討するまでもなく、右損害については被告に責任がある、というべきである。
従って、本件車両の右損傷についての被告の責任等に関する被告の右主張は採用できない。
(三)(本件車両の抹消登録による損害)
(1) 被告が本件車両の抹消登録手続をして廃車にしたのは右1(一)の認定のとおりであり、これにより原告は本件車両を法的に再使用できる状態に復するには再登録手続をせざるを得なくなったといえる。
(2) ところで、原告は、右再登録の場合に従前より減量される積載認可重量分の本件車両の稼働能力減少分を、右抹消登録による損害である、と主張する。
しかしながら、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、本件車両の再登録の場合には新規の登録後原告が本件車両に付加した設備を実際に調査され、その結果再登録となってもその積載認可重量は右付加設備分の重量を減量したものとなること、継続検査の時には右付加設備まで調査されずに済む為に事実上右認可重量の減量を免れ従前の積載重量の認可が残ること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
そうであれば、従前の積載認可重量は右付加設備分相当の重量については違法状態が事実上看過されて来たものというべきであり、それが右再登録時に減量された認可となるとしても、これは右違法状態が看過されなくなっただけのことであり、その結果右積載認可重量の減量により本件車両の稼働能力が事実上減少したとしても、原告の正当な権利乃至保護すべき利益の侵害には該当しない。
(3) 従って、右積載認可重量による損害に関する原告の主張は、その余の検討をするまでもなく失当である。
3 以上の検討結果によれば、被告の右搬出・保管・廃車の処置による原告の損害として原告の主張する分(請求原因(二)の(1)乃至(3))については、本件主張立証上、右修理費用相当の損害金六八万円についてだけ被告に対する賠償を求める権利が生じたと認められ、その余については被告に対しその損害賠償を求める権利が生じたことを認めることができないというべきである。
三 予備的相殺について
右のとおり、原告の被告に対する損害賠償請求権が右金六八万円の限度で生じたといえるので、被告の相殺の仮定抗弁について検討する。
1 被告の相殺自働債権について、原告本人尋問の結果、成立に争いがない乙第二号証の一、甲第一五号証の一、甲第二三号証(いずれも原告・被告間でやりとりした内容証明郵便)、弁論の全趣旨によれば、原告が昭和五五年七月から同年一二月までの六カ月間本件車両を訴外大阪合同通運株式会社の駐車場に駐車させていたこと、同駐車場の一カ月の月極め駐車料金は金一万二〇〇〇円であったこと、原告は右駐車料金を支払わず被告が当時これを支払ったこと、本件車両の自動車税一年分金一万八〇〇〇円を原告が支払しない為当時被告がこれを支払ったこと、以上の事実が認められる。
右事実によれば、被告は原告に対し駐車場使用料立替金七万二〇〇〇円、自動車税一年分立替金一万八〇〇〇円の計金九万円の債権を取得したと認められる。
なお、右に反する成立に争いがない乙第三号証中の駐車料金の記載は三ブロックのもので本件車両一台に関するものとしては不合理であって右認定を覆すに足るものとはいえず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
2 そして、被告が、昭和五九年二月一五日の本件第二三回口頭弁論期日において、原告に対し、右立替金債権でもって原告主張債権のうち認められた部分と対当額で相殺する旨の意思表示をし、これが原告にその場で到達したことは、明らかである。
また、右1によれば、前記原告の損害賠償金六八万円につき本件の訴状送達により請求のあったことが一件記録上明らかな昭和五八年三月三一日には、被告の右立替金九万円の債権も履行期にあり、相殺適状にあったものとみられる。
3 従って、右相殺により、原告の右損害賠償金六八万円と被告の右立替金九万円の各債権は、対当額で消滅した、といえる。
四 結論
1 以上の次第によれば、本件主張立証上、原告が被告に対し昭和五八年(ワ)第二〇五八号事件で主張にかかる右損害賠償金のうち右修理費用相当損害金六八万円の残金五九万円とこれに対する右事件訴状送達の翌日であることが明らかな昭和五八年四月一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の限度の債権を有することが認められるが、その余の原告主張の債権が存することを認めることはできない。
2 よって、原告の本件各事件の請求のうち、右存在が認められる債権の支払を求める部分については理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれをいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を、各適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 千徳輝夫)